★サンタフェ2日目・2011/02/22


滞在3日目は風邪でボロボロの神様ハンズを家に置き去りにして、一人で再びサンタフェに出かけました。


私たち二人だけで来てたら別行動しなかったかも知れませんが、今回は彼女のお友達の家に宿泊なので、そういった心配は無かったんです。


前日と同じ時間帯の列車に乗って一人で探索です。



↑こういう土壁の建物の丸さというのはやはり不思議な感じがしますね。

もう一回来ているので、何となく街の様子も分かっているし、行きたい場所はジョージア・オキーフ美術館だけだったのでプレッシャーは全く無しでした。



↑こういう街並で思い出すのがスターウォーズに出てくるルーク・スカイウォーカーが育った街ですね・・・。


一人で何も計画せずに知らない街をプラプラするのは良い感じです。


わたしの場合は一人でも全く平気。


だって自分以外の人に合わせなくて良いので、日頃は働かせる協調性とかを全く考えなくても良いからです。


自分のペースで自由に動くと言うのは、団体行動では難しいですね。



↑同じ街でも建築様式が違うので眺めも違って楽しいと思います。

団体行動の場合は、写真撮影モードに入りにくいんです。


見たものを出来るだけ奇麗に写真に収めるというか、感覚的に好きだった風景に対してシャッターを押すというのは、一人でいるのがベストです。


好きな場所で足を停めることができるし、好きなだけ時間をかけることも可能だし。



↑雪景色のサンタフェと言う意味では非常に奇麗だったと思います。

スピリチュアルな目的で旅をする場合も、団体行動と一人旅では内容が違ってきます。


団体には団体としてのダイナミクスがあり、一人旅で経験するものとは違ったものです。


どのみち、どのような旅であれ、その行程は全て生ものですから、その他の時とは比べにくいものだと思います。


そう言った意味では、過去の経験とあまり比べ過ぎない、期待を膨らませ過ぎないというのは大切です。



↑茶色い壁と空の青さを反射した雪の地面というのが美しかったです。



↑こちらはジョージア・オキーフを研究している建物。


一人の人間としてリサーチ・センターが出来てしまうほどの人物になってしまった画家というのは凄いと思います。



↑未術館の壁が奇麗でした。



↑こちらが美術館の入り口付近。


この美術館は非常に分かりにくい場所にあるというか、構えが地味すぎて、下手したら通り過ぎてしまうかも知れません・・・。


ジョージア・オキーフという画家のことを知らない人は非常に少ないと思いますが、一応オキーフについて書いてみます・・・・。




ジョージア・オキーフ

Georgia O'Keeffe 、1887年 11月15日 - 1986年 3月6日 )


ウィスコンシン州サンプレーリー近く生まれ。


20世紀のアメリカを代表する女性画家。


夫は写真家であり、ジャーナリストのアルフレッド・スティーグリッツ。


以下は英語版ウィキペディアから翻訳しました。


オキーフは1920年代からのアメリカの芸術史の中で重要な人物の一人にあげられます。


当時は稀だった女性画家として広範囲に渡って認められたのは、彼女独自の作風と技術的な貢献と共に、当時のアメリカの芸術的なスタイルの枠を挑戦的に押し広げたことです。


当時ヨーロッパから大多数の影響を受けていたアメリカの芸術的なスタイルの中で、逆にヨーロッパへと発信する中心的な役割を演じました。


その絶妙なタイミングの中で、彼女は数少ない女性の芸術家でありながら、認められた芸術家としての地位と世界的な影響力を確立し、芸術史の中での重要性を与えられてゆきます。



オキーフが好んで描いたものは、花や岩、貝殻、動物の骨などと自然の風景です。


彼女はそれらの描いた対象物を、強力な抽象的イメージに変えました。


元々は具象的に見えるはずの対象物は、彼女の感性によって抽象的な概念として置き換えられ、新しい姿で描かれています。



まるでいとも簡単にサクッと単純化された輪郭を通じて、その元々の姿かたちを全く別な印象に変換されて描き出されています。


そして彼女の使ったパレットの中の微妙な色彩は、画面の中で移行を繰り返しながら微細なトーンで変化しています。



ニューヨークタイムズの批評家ジェド・ペール氏は2004年に彼女の作品を以下のように評しています。


「大胆で密閉的、直接的に訴えかけてきて、気力を無くさせるほど冷静」。



ニューヨークを拠点にしていた彼女は、後に芸術的なインスピレーションをアメリカのニューメキシコ周辺で見つけました。


そして夫が他界した後の人生をサンタフェの近くにあるアーベキューという土地で送っています。



オキーフは好きな画家の一人に入りますが、この美術館に行くまで、オキーフという女性の詳細を知っていたわけではありません。


単純に、アメリカを代表する女性画家といったくらいの情報しか知りませんでした。


個人的には抽象画的な印象の強いオキーフよりも、更に後になって出て来た具象画の「ワイエス」の方がインパクトがあったんです。



この方の作品の多くは、具象的な部分を残しながらも、大部分が抽象的に表現されていることでしょう。


描かれた花は具象的でありながら、同時に抽象的な命を与えられているのです。


まるで心療内科で行われるテストのように、見る人によって感じるもの、見えるもの、訴えかけられてくるものが変化するのです。


もともとは花を描いた作品なのに、花というイメージを通り越しています。


彼女の作品の多くは非常にセクシャルな波動を感じさせるので、そう言った意味で特殊な画家だと思います。


そのイメージの世界は、まるで女性器のように見えたり、見知らぬ異物のように見えたり、異次元的な空間のように見えたり、異物なのに妙に懐かしいといった相反する印象を与えたり、死が生に変わっていたり、子宮回帰のような印象を与えたり、見ていると聴覚が機能しなくなったかのように音が消えたりします。


作品によっては神の視界から啓示を受けてしまいそうなものもあります。

オキーフの作品はホノルル・アカデミー・オブ・アーツの中にも沢山あるのですが、それらのハワイの花や風景を描いた作品たちでされ、非常にエロティックな艶というか、雰囲気を抱えています。


「エロティック:性的」というのは適切な言葉ではなく、「ユーホリック:高揚した」というのが近いでしょう。見る人に抱悦感を与えるというか・・・。

私の中で彼女の印象が変わったのは、数年前のまだハワイで花散歩の制作を目指して色んな花の写真を撮影し始めた頃です。


何かの番組の中で彼女のコメントを聞いて非常に印象に残った言葉がありました。


もう明確な言葉として覚えてないのですが、「あなた達が目の前の世界をそのようにしか捉えられないのなら、私が見ている世界を見せてやるわ」と言ったコメントでした。この時のインパクトは凄かったです。


自分で見れないなら私が見せるわよ!という男意義です・・・。


オイオイ、ホレホレ、ちゃんと真面目に鼻を突っ込んで、マジマジと見てみな!


そういう勢いというか、正直さというか、自信を通り越した確信とう言うか・・・・


芸術愛好家たちの狭い視点に対する、半ば諦めが入った愛執を漂わせているというか・・・。


彼女の観点からすると、その他の人たちの視点や観点というのはホボ理解できないかのように聞こえました。


この言葉というか彼女の視点を知った時に、スゴイ女性だと思ったワケです。


そこで初めてオーキーフという人物に興味が湧いたんです。


正直な話、オキーフ美術館は行って良かったと思いますが、過度の期待を持って入館すると、展示数の少なさに少しガッカリするでしょう。


この美術館は、彼女の作品というよりも、彼女そのものに焦点を合わせているからです。


もしこの美術館の中で放映されていた2つのドキュメントを見なかったら、まぁこんなもんか・・・的に出いたと思います。


この美術館に行くのであれば、予めシッカリとオキーフの歴史を勉強してから行った方が楽しいと思います。


★ジョージア・オキーフ(映画)


キーフに興味を持たれた方が沢山いらっしゃるようなので、情報を載せておきます。


アメリカでは2009年に「ジョージア・オキーフ」という題で、ジョアン・アレンとアカデミー男優のジェレミー・アイアンズ主演でテレビ映画が製作されています。


先日この映画を見ましたが、素晴らしかったです。


サンタフェに行く前にDVDが届いていたのですが観る暇が無く、旅行前に見てれば良かったと後悔しました。


彼女がニューヨークで伴侶となる写真家でギャラリーオーナーに出会う場面から始まります。


この映画は凄かったです。


期待してなかったんですけど、最後までグイグイと見てしまいました・・・。


無名の画家志望の女性が一体どんな経緯でアメリカを代表する女性画家になりえたのか? 


内容は彼女と夫の関係を軸に描かれているのですが、この二人の関係というのが凄いんですワ・・・。


芸術家どうしの結婚というのは、他からでは考えられない関係を築いてしまうものなのかも知れません。


オキーフのことを知りたかったら、この映画は超お勧めです。


予告編1


予告編2



ユーチューブでもかなりの映像が出て来ますから、色々と観てみると良いでしょう。


Georgia O'Keefe- Heart & Soul



Georgia O'Keeffe: Abstraction - Whitney Museum



Chautauqua 1999: Georgia O'Keeffe (Part 1)


アマゾンでもかなりの数のオキーフに関する書籍、画集が出ていますので、検索されてください。

ジョージア・オキーフ―崇高なるアメリカ精神の肖像/ローリー・ライル

¥2,940 Amazon.co.jp


オキーフ (ニューベーシック) (ニューベーシック・シリーズ)/ブリッタ・ベンケ

¥1,575 Amazon.co.jp


美の20世紀〈13〉オキーフ (美の20世紀 13)/ジャネット スーター


¥1,680 Amazon.co.jp


オキーフ―あるアメリカ神話の誕生 (20世紀メモリアル)/ジェフリー ホグリフ

¥3,466 Amazon.co.jp


Great Women Artists: Georgia O’Keefe [DVD] [Imp.../出演者不明

¥1,749 Amazon.co.jp


Georgia O’Keeffe [VHS] [Import]/出演者不明

¥2,558 Amazon.co.jp


★サンタフェ:2日目のランチ


ジョージア・オキーフ美術館の後は、街角にあったレストランでランチ。


見知らぬ街での食事は久しぶりなので、何も考えずに先日から気になっていたお店に入りました。



そのお店は通りすがりの街の人に「奇麗な通りがあるわよ」と言われた、壁に壁画やらアートやらが描かれている通りの角にあったお店です。


神様ハンズ曰く、前回来た時にはその通りにキッシュの美味しいお店があったらしいのですが、店の中は空っぽで移転したのか潰れたのか・・・・。



中は結構広くて感じの良いレストランでした。別に日本人だからと言って変な顔されたわけでもなく・・・。



スプライトを頼んだら、カップにアイス入りではなく、缶に入ったまま出てきました。


何となくデザインがホノルルのものとは違っていると思ったのでパチリ・・・。


ハワイと本土で同じ商品なのにデザインが違うことって良くあったります。



こちらはペストリーのシーフード詰め。


少しクリーミーな味でしたが、美味しかったです。


このレストランは、どちらかというとペストリー系のものが多く、デザートとかも置いてました。


わたしが思うに、メニューの中にキッシュも入っていたので、神様ハンズの言っていたキッシュの美味しいお店は、昔の場所から、この角地に移転したのではないでしょうか・・・。



その後は当ても無く街中をブラブラと歩いて廻り・・・。



人通りの多い場所もあれば、人影のない通りもあり、街全体は静かな感じでした。



時々のように人が通りに出て来るのですが、閑散としているという訳でもなく、単純に人が多いシーズンではないだけだったのでしょうね。



まだ街全体の作りが良く分かってないので、一体どこが忙しい通りで、どこが賑やかなのか皆目返答がつかず・・・。



何となく入ったお店はクリスタルとか化石とかを売っているお店で、ここの商品は前日に行ってクリスタルを買った場所よりも、非常に安価でした。


ホノルルよりも絶対に安いと思います。



こちらのフレンチ・ペストリー屋さんで、お土産にデザートを購入。


ここは店員さんから少し人種差別的な視線を感じましたが、中で食事をしたわけではなく、すぐに出ていったので気にはならず・・・。



この街の中に滞在していたら、お食事とお買い物は夕方から夜の間にという行動パターンになると思うのですが、拠点が別だと観光を一気にしないといけないので大変ですね。


次回はサンタフェの街の中に数泊してみたいと思います。


こんな感じでスグに帰りの列車に間に合うように駅の方角へ向けて歩いて行きました。


★2日目の帰り


別に時間ギリギリまで街中を徘徊する動機のなかったわたしはスンナリと駅の方へ向いました。


滞在中にできるだけ細かく見て回るという動機が少ないというのも変かも知れません・・・。


それはお買い物系にホボ興味がないからだと思います・・・。



色んな看板がぶら下がっているのですが、さすがアートな街です。


看板のデザインもアートしてます。


ワイキキもこれくらい情緒のあるデザイン性で頑張ってくれたら良いのにと思います。


最近のワイキキは開発に続く開発で、次から次に新しい店舗がオープンしてます。


ワイキキ自体が絶えず再生しているわけですが、デザイン的には冷たくなっているというか、普通の都会的なデザイン性にしか焦点が当たってないので、情緒を感じさせる様相は無くなって来ましたね。



こちらは劇場の建物。



ここはビーズ系のお店で、品数も多く、お値段もそんなに高価ではなかったです。 やはりハワイの物価は高いんですワ・・・。



こういう通りのデザインというか雰囲気を持っているのがノースショアのワヒアワですが、ここまでは確立されてませんね。


こういう雰囲気はオアフ島よりも、マウイ島の方が多いと思います。



サンタフェは街全体の建物が味を出しているわけです。


頑張れワヒアワの店主たち、サンタフェを目指せ!という感じです。



こちらがサンタフェの駅の路線側。


午前中と夕方の光りの角度が違うので、全く別な建物に見えます。



こういう列車も線路の上に停まっていました。



これは白樺というものではないでしょうか・・・?



少し待ち時間があったので、線路の向こう側にあった非常に小さなモールに行ったら、何とそこにはアウトドア専門店の「REI」がありました!


スキーからスノーボード、自転車、キャンプ、ハイキング、トレッキング、ロッククライミングなどのアウトドア関係の商品が一杯なお店です。


結構大きなお店で、最初にここに来てればもう少し寒さに耐えられたかも?と思いましたが後のまつり。


「REI」はハワイには入ってないんです。


別に亜熱帯だからと行って、「REI」で揃っている商品が不必要なのかと聞かれたら、結構必要だったりするんですけど、どうして進出しないんでしょうかね・・・?


次回にシアトルに行った時に「REI」で買い物しようと思います。



という感じで二日目のサンタフェも瞬く間に終了し、アルバカーキに戻りました。



こちらが夕暮れ時のアルバカーキの駅。


サンタフェの夕暮れ時も見てみたかったカモ? と今さらながら思いました。


どうして夕暮れまで待ってなかったんでしょうかね?



帰りの便を一本遅くしたら、サンタフェで夕暮れの写真が撮れたわけですが。


それだけ気にしてなかったということですね 。


これも次回の時の楽しみにとっておきます。



神様ハンズとお友達が駅まで迎えに来てくれて、風邪の具合が更に悪化していた神様ハンズは夕食を作る気力など全く無い状態だったので、どこかで夕食をお持ち帰りすることに。


結局は買える途中にあったチャイニーズのドライブスルーで夕食をゲット。


ホノルル周辺でチャイニーズのドライブスルーというのは最近までありませんでした。


今はパンダというフランチャイズが、サウスキング通りに一件だけドライブスルーで注文できるお店ができましたけど、まだ使ったことないです。


こんな感じでサンタフェの旅は終わり、翌日はスターノウリッジで知られているネティブアメリカンの部族、ズニ族の居留地へ行ってきました。


★サンタフェ1日目・2011/02/19


ニューメキシコ2日目は、風邪でゲホゲホしている神様ハンズと一緒に、二人で咳き込みながらアルバカーキのダウンタウンから列車に乗ってサンタフェに行って来ました。



サンタフェと言えば、随分昔にあるタレントさんがヌード写真を撮影して話題を浴びたという記憶があります・・・。

その他にサンタフェと言えば、女性画家のジョージア・オキーフが晩年になってニューヨークから移り住んで数々の作品を描いた街としても有名です。




こちらがサンタフェ行きの列車。



二階建てなんです。



しかも結構新しい列車で、何と列車内にはインターネットも使えるように出来ているし、電源までついている!



こちらは列車の二階から撮影したダウンタウンの駅。



お値段は往復で$8でした。

乗り込む前にチケットは何処で買うのかと係りの人に聞いたら、乗ってから係員の人が廻ってくるからと言われました。


言われた通りに先に乗り込んで席に座り、列車が出発してしばらくしたら係員のお姉さんがチケットを売りに来ました。


日本的な考えだと、列車に乗り込む前にチケットを買うというアイデアですから、知らないと混乱するかも知れません。



こちらが車窓から見たアルバカーキのダウンタウン。ホノルルのダウンタウンも小さいですけど、コッチの方が更に小さいと思いました。


Amtrak - ABQ

320 1st Street Southwest, City of Albuquerque Alvarado Transit CENTER, 

Albuquerque, NM

(505) 842-9650

amtrak.com


アルバカーキからサンタフェまでは約2時間。


11時前の列車に乗りましたから、向こうに着くのはお昼です。


早朝は8時30分発というのがあるのですが、その次の便に乗ったわけです。


サンタフェでゆっくり過ごしたい場合は、朝の便に乗るのが懸命でしょう。



サンタフェまでの間に停車する駅は5つくらいだったと思います。


この周辺に住んでいる方々は通勤や通学のために列車を使っているように見えました。


ホノルルも早くモノレールが開通して欲しいと思います。



車窓から見える風景というのは、そんなに代わり映えしない感じでしたが、一カ所だけ急に波動が強く変わる場所がありました。


確かネイティブ・インディアンの居留地の一つだったと思うのですが・・・。


あの場所はかなりのヒーリングスポットだと思います。



非常に珍しい寒波の中でしたから、あちらこちらに雪が積もっていました。


いつもは見れない風景を見れたわけですから、ある意味でラッキーだったのかも知れません・・・。

列車に乗っている時間は約2時間なのですが、そんなに長い感じはしませんでした。


なので2時間も乗っていたの?という変な感じです。


どこかで時間軸がねじれているのかも知れません・・・。


1時間くらいしか乗ってなかったような不思議な感じでした。



こちらはサンタフェの駅で写した何かの路線図。

アルバカーキからロズウェルまで列車で行けるのかと思って調べたら、列車は通ってなく、飛行機も飛んでいませんから、車で行くしかないようです・・・。



こちらはサンタフェの駅に着いた時の風景。


なんと列車の中にはK-9が登場していました。


麻薬捜査犬です。


さすがアメリカ・・・。


捕まった人はいなかったようなので、誰も麻薬を所持してなかったのでしょう・・・。


こういう体験を出来るのもアメリカ本土ならではなのかも・・・。

今突然のように思い出しましたが、サンタフェでヌード写真を撮影したのは宮沢りえさんではなかったでしょうか・・・・?



サンタフェの駅はとても小さな駅で、可愛い感じがしました。


都会という雰囲気は全く無し。


駅の中は小さな売店になっていて、その売店さえ田舎の雰囲気です。


別に格段にオシャレなわけでもなく、おいている商品もオシャレではありません。

神様ハンズはホっトチョコレートを買ったのですが、紙パック入りのホットチョコレートの粉を渡され、自分で給湯器からお湯をカップに入れて注ぎ込んで混ぜるという代物です。


たったの1ドルでしたから、そんなものでしょう。


この駅でスタバ並みのサービスを期待してはいけません。


友人が「サンタフェってリゾートでしょ?」と言っていましたが、ハッキリ言って、田舎です。

波動は? と聞かれたら、そんなに悪い感じはしませんでした。


とにかく寒波の中だったので、波動云々という部分が上手く働かない・・・。

これから風邪でゲホゲホの神様ハンズと一緒にサンタフェを徘徊です。

さて、サンタフェはリゾート地なのか???

Santa Fe Southern Railway

410 South Guadalupe Street, Santa Fe, NM

(505) 989-8600

sfsr.com


駅からダウンタウンまでそんなに遠く無いハズということで、歩いて行くことにしたのですが、そこから試練が待ち構えていました・・・。

駅でマップを手にいれておけば良かったのですが、あまりの寒さでそんなことを考えつかなかったんです。


神様ハンズは前に来たことあるから大丈夫であろうと踏んだのですが・・・。


駅から出て右に行くか、左に行くかという部分で、私は左だと思ったのですが、神様ハンズは右だと言います。


おまけに「アンタの言うことは信用できヘン!」とまで言われ・・・。


とにかくサンタフェ経験者の神様ハンズの言う通りに右に進んでも、一向にダウンタウンらしき風景に行き着くことはなく・・・。


歩いていたらホテルらしき建物を見つけたので、そこに入ってマップなり無料雑誌を手に入れることにしました。



この建物はホテルだったのですが、ホテルという看板が見つけにくいので、一体何なのか分からない人も多いのでは・・・。


中はやや薄暗く、ぱっと見はまぁまぁ高級なホテルなようでした・・・。



ホテルの玄関脇で見た風景が美しかったのでパチリ・・・。


これは雪景色だったから奇麗だったと思いますが、普通だったらどうでしょうね。


光りと影のコントラストが美しい部分は、ペルーのクスコに似ていると思います。



ホテルで手に入れたマップを頼りに紆余曲折しながらダウンタウンへ向かっていると、反対側から歩いて来る人がいたので、その方にどうやったらダウンタウンにあるプラザに行けるのか聞いたら、そのまま左に行きなさいと言われました。


やっぱり最初から左に行っていれば良かったわけですが、そんなのは後の祭りなので水に流し・・・。

サンタフェの街の中を歩いていて思ったのは、ここで働いている人たちは非常に親切です。

聞いてもないのに、道に迷ったのか聞いてくる。旅行者に親切な街という部分は好印象でした。



こういう川がありまして、これを渡った付近からダウンタウン的な風景が始まりました。


手にしていたのはギャラリーマップだったので、その地図の中にはギャラリーとレストランの名前しか掲載されてなく・・・・しかもマップに乗っているのは番号だけ・・・。


あんまり使い手のことを考えて制作されてないマップというのは使いにくいです。


サンタフェに行く際は、予め性能の高いマップをどこかで事前に手に入れるのが良いでしょう。



ダウンタウンの外側は、美しいという感じよりも、寂れかけた簡素なアメリカ的な雰囲気でした・・・。しかし雲一つない空の青さが、とても奇麗なので、赤煉瓦とか、茶褐色の建物が非常に美しく見えます。



ここいら辺から何となく良い感じに。一応は中西部に入ると思うので、西部劇的な感じと、メキシコ的な感じが合体した不思議な街というのが妥当かも・・・。



この建物の左側に横道がありまして。そこは壁画が美しいから行ってみなさいと通りすがりの美人のお姉さんに言われました・・・。



こういう壁画が描かれていまして・・・。



まぁ確かに他の横道に比べると奇麗な感じでした。



こちらがサンタフェ風の建築というのでしょうか・・・。土壁なのだと思いますが、一般的な木造建築やコンクリート建築と違って、鋭角的な角が無いので不思議な感じがします。


「角が立つ」という表現がありますが、建物や家具にしても、角が鋭角的に切れてない方が、生活する人にとっては良いんです。角の立っている家具やレイアウトは、そこに住む人の性格に角を立たせるのです。ものを買う時は、角が直角的に鋭利に切れてないものを選ぶのが懸命です。



こちらは何となく西部的というか、ニューオリンズ的というか・・・。



こういう建物が一杯あったのですが、あまりの寒さにサッサとどこかのレストランに入って暖をとりたかったので素通りです。



いやぁ寒さには建築美も負けてしまうということですね・・・・。

サンタフェで思い出しましたが、かのシャーリー・マクレーンもこの街に住んでいるんです・・・。


数年前にここに家を買ったんです。


丁度この時はマイアミへ講演会へ出かけているという情報でした。


運が良ければどこかでシャーリー・マクレーンに出会えるかもしれない街というのも魅力の一つかも知れません。



ホノルルやシアトル、ポートランドなどと比べると、かなり異質な風景です。 当然そこには異質な美があるので、日頃はお目に書かれない異質な美を撮影してみました。

こちらがプラザと呼ばれる街の中央にある広場を取り囲む建物の軒下で工芸品を売っていたネイティブの方々。

プラザと言われたらクスコの超巨大なアルマス・プラザというのが頭に残っているので、「プラザってこんなに小さいものなの???」と何となく変な感じでした・・・。



あちこちに積もっていた雪も、少しずつ溶け始めていました。



日の当たる場世には雪はなく、日陰に雪が残っているわけです。

当たり前か・・・?



こちらはプラザの中にあったメキシコ料理のレストラン。


とにかくどこかに入ってランチにしようと言うことで、何も考えずに入ったのですが・・・。



入ってから失敗したと思いました。

このレストランは何故か異次元でした。


部屋の中の波動がアチコチでシフトしている・・・。


入った時は結構ガラガラで私たちのセクションには人はいませんでした・・・。



こちらはお豆のスープ・・・。

しばらくしたら次々にお客が上がって来て・・・・。


「急にお客が増えて来たわね、さっきまではガランガランだったのに・・・」と神様ハンズのお言葉が・・・


そんなのいつものことなんです・・・。



見た目は奇麗だったのですが、お味はウ~ンでした。


風邪を引いていたというのもあって、自分の舌が普通ではないかも知れないと思い、コメントは控えさせて頂きました。


普通の人なら美味しい料理だったのかも?


しかし、ウエイトレスのお姉さんが魔物で、彼女が通り過ぎる度に、お腹の周辺の波動がバックリと奪われて行く・・・。


ここは黒魔術の街かいな? と怪訝に思ったくらい怪しいウェイトレスでした・・・。


本人は意図的に波動を奪っている訳ではないと思うので、もしかしたらヴゥードゥ系の子孫の方なのかも知れません・・・。


こういうシチュエーションの場合はサッサと引き上げるのが懸命です・・・。


変なレストランだったという感想に対して、「やっぱりアンタの言うことは信用出来へん」と神様ハンズに再び言われ・・・。



サンタフェでもどこでも、店に入って???と感じた場合は、怖いもの見たさで居残るのではなく、サッサと引き上げるのが懸命です・・・。



さてランチの後は激寒の中、プラザの周辺を探索です。 ここいら辺で目に留まったのはターコイズ・ブルーですね。


ネイティブ・アメリカンと言えばターコイズのジュエリーですが、建物までターコイズ・ブルーにしてしまうとは・・・。



ターコイズは自己表現にも関わる色ですから、アーティストの多いこの街にはピッタリな色なのかも知れません。



影の中で奇麗だった風景。 あまりの寒さに近くまで行って細かく見てみようなどとは思いませんでした・・・。


なので素通りです・・・。



ここいら辺は近代的な作りではなく、かなり古い建物だと思います。


オアフ島やマウイ島にも同じような雰囲気の街がありますが、サンタフェとは比べ物にならないですね。


この街くらいの大きさとまとまりがじゃぁないとシックリ来ないのでしょう。



こちらはインディアンが弓を指している銅像。


そう言えば銅像系の作品はそんなに見なかった気がします。



雪の中でも店の前に露店を出している・・・。



こちらは今回の掘り出し物。


何となく入ったジェム・ショップで見つけた、縞メノウ。


何とこのメノウの中には、何千年、もしくは何万年前の「水」が閉じ込められているんです。


店の小母さんの視線など気にせず、何度もオーリングテストを繰り返して、最も強いものを買いました。


他にもハーキマー・ダイヤモンドの中に水が閉じ込められている非常に珍しいものもありました。



こういう感じの可愛いお店もありました。 しかし中には入っていない・・・。



こちらは確か駅の近くにあった壁アート。


サンタフェはアートが好きな方ならリゾート気分で楽しく滞在できるのは間違いないと思います。


サンタフェ (ニューメキシコ州) 

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

サンタフェSanta Fe)は、アメリカ合衆国 ニューメキシコ州 北部に位置する同州の州都 。人口は62,203人( 2000年 国勢調査 )。1607年に創設された長い歴史を持つ古都で、アメリカ合衆国に現存する都市としてはフロリダ州 セントオーガスティン (1565年 創設)に次いで古い。アメリカの宝石 と呼ばれ、歴史的な街並みや建築物を残し、独特の食文化を持つ観光都市 として栄えている。また、同市は芸術家が多く住み、美術品にあふれ、音楽祭や工芸祭が開かれる、芸術の町としても知られている。市名はスペイン語で「聖なる信仰」という意味。正式な名称はラ・ビヤ・レアル・デ・ラ・サンタ・フェ・デ・サン・フランシスコ・デ・アシス(La Villa Real de la Santa Fé de San Francisco de Asís)といい、これは日本語では「アッシジのフランチェスコ の聖なる信仰に忠実な王都」という意味になる。更に詳しい情報はウィキペディアをお読みください。



聖フランシス大聖堂

Cathedral Basilica of St. Francis of Assisi


ランチの後に目指したのは、プラザの近くにある「聖フランシス大聖堂」。英名は Cathedral Basilica of St. Francis of Assisi といい、アッシジの聖フランシスのバシリカ大聖堂ということになります。


アッシジの聖フランシスというのは、1181/1182年生まれで1226年に亡くなったカソリックの修道士であり、伝道者です。


彼は、フランシスコ会の勲位を創立し、聖クレアの女性の勲位の創立、そして、聖フランシス第三会の制定を援助した方です。


1228年にポーブ・グレゴリーIXによって聖者として承認されました。


聖フランシスは動物と環境の聖なる保護者として知られ、シエナのキャサリーンと共にイタリアのパトロンでもあります。


またカトリックならびにアングリカン教会では動物のブレッシングを10月の4日に行う習慣があります。


現在、聖フランシスは、歴史の中で最も崇拝された宗教的な人物のうちの1人とされています。


この教会はロマネスク・リヴァイヴァル様式だそうで、1869年から1886年にかけて建立された教会です。


入場料は無料でした。



こちらが聖フランシスの銅像。



こちらは教会の前に立っているアメリカ北部インディアンで初めてキリスト教に改宗した女性、カテリ・テカクウィサ。


彼女はニューヨーク州のモーホーク・アッルゴニアンの女性で、若い時にキリスト教に改宗し「祝福を受けたカテリ」として知られているそうです。

ネイティブというのは元々はアミニズムで自然崇拝ですから、その生活から、一神教のキリスト教に改宗してしまうというのは、一体どういう経緯だったのかちょっと興味あります。



そんなに巨大な教会ではないですが、まぁまぁ広く、中の波動は気持ちよかったです。

聖フランシス大聖堂が1869年から1886年にかけて建立され、ホノルルの聖アンドリューはフランチ・ゴシック様式で、カメハメハ5世によって1867年に布石が打たれていますから、ほぼ同時期に建立されていることになります。


ホノルルの聖アンドリュー大聖堂やユニオン大聖堂などに比べると、かなり小さく、ステンドグラスは聖アンドリューの方が壮大です。


しかし様式的には聖フランシスの方が極めが細かいと思いました。


細部まで美しく建立してある感じです。


波動的にはこちらの方が気持ち良いというか、建立されている場所自体が波動の高い土地ですから、ホノルルの教会と比べるのもナンセンスな話しかも知れません。



ステンドグラスから漏れる様々な光が波動を細やかに保つのを手助けしています。



この教会の内部は、場所によってカナリ波動の質が違うのが分かる感じです。 全体的には良い感じなのですが、ある場所は、さらに波動が細かく、密度が高い感じを受けました。



こちらが玄関から奥に向かった場所にある15人の聖者のイコン。



こちらが奥から玄関側を写したもの。



こちらは奥の右手にある別の部屋。


ここは美しい建築だし、波動も良かったので行って良かったと思います。



ロレット・チャペル

Our Lady of Light Chapel



聖フランシス大聖堂の次に行ったのが、ロレット・チャペルという更に小さい教会です。


元々はローマン・カソリックの教会だったのですが、現在は博物館、そして結婚式用の教会として生き残っています。


1872年にサンタフェ大監督管区の司教だったジーン・バプティステ・ラミー氏が、元々あった修道院の教会を「 Our Lady of Light Chapel」 (私たちのレディーのための教会)という名前に変遷するように指示をだしました。


そしてこの教会はロレットの修道女たちが管理することになります。 



チャペルは、ゴシック・リバイバル様式で、フランスの建築家アントワン・ムリー氏によって設計されました。


細く尖った尖塔を完備して、バトレスと呼ばれる建物の壁を外方から支持する出っ張り構造の支えと、ステンドグラス・ウインドウはフランスから輸入されました。


教会はとても小さなスケールで築き上げられました。 フランスのパリにある「聖女のチャペル」を模しているのは明らかだそうです。



こちらが教会への入り口で、ここは教会によって売却され、個人所有の建物になってしまっているので入場料が必要。



こちらが大聖堂の中。

そしてこの教会の中にあるのが、現在の建築学では有り得ない構造を持っている「奇跡の階段」と呼ばれる螺旋階段です


この奇跡の階段に関する発端は、この教会が建設されている間に、建築家が突然死してしまうという事件が起きたことに始まりました。



その建築家の死は教会がおおよそ建立された頃の出来事で、建設に関わった大工達は聖歌隊席に登るための階段が必要であると気づきます。


しかし教会自体の大きさが非常に小さいために、普通の階段では大き過ぎてしまうという問題が浮き上がってきました。


当時の教会は聖歌隊席に登るために梯子を使っていた場合が多々あり、大きく不釣り合いな階段ではなく、梯子を使えば良いのではないかと修道女たちに示唆されました。


しかし修道女たちは生活の中で着用している裾の長い服で梯子を上り降りするということを受け入れることができなかったのです。



二階の聖歌隊席に登るための何かしらの方法が必要なことから、修道女は聖ジョセフに向かって、9日間のあいだ連続しして祈りを捧げ、何とか助けてくれるように祈願しました。


すると、9日間の祈りが終えたその翌日に、粗末な格好の見知らぬ大工が教会のドアに現れました。


その大工は自分が螺旋階段を造ってあげると修道女に言ったのです。


しかし、その条件として完全なプライバシーを要求し、それから三ヶ月の間に渡って教会に閉じこもりっきりで作業を行います。



その大工が使っていた道具は数少なく、直角定規と、のこぎり、そして若干の温水だけだったそうです。


そして螺旋階段は現地に生息している木ではない素材が使われています。


階段そのものは鉄の釘などは一切使われてなく、その全ては木製の釘で打たれています。



螺旋階段の建設が終ると、その身元も知られぬまま大工はすぐに教会から立ち去ってしまいます。



この螺旋階段は聖歌隊席まで20フィートの階段を登り、下から上までは小さな正円を二回描くようにデザインされています。



この名も知れない大工が造った螺旋階段が奇跡だと言われるのは、その中心に何の支えもなく、その周囲の壁などにも接続して支えられていない部分です。


後の建設されてから10年後の1887年には手すりが加えられ、外側の壁に固定されています。 これは建築学的にはありえない構造なのだそうです。


この教会は何故か懐かしい感じがしました。


過去生の記憶的な感じではなかったのですが、何故か落ち着くというか、何かを思い出させる感じだったのです。


もしかするとフランスのパリにある本物の方が過去生に関係しているのかも知れません・・・。

そしてなぜか教会の大聖堂の中ではなく、隣接されているお土産コーナーで強烈なデジャブも体験してしまいました。


そこには聖水のボトルが山積みになっていたのですが、それを眺めていたら、記憶がある感じのデジャブが来たんです。


サンタフェ自体が初めての訪問なのに、何故か来たことがあると思ってしまった不思議体験しました・・・。

あの聖水を買っておけば良かったです・・・。


サンタフェの帰り道


さてサンタフェ1日目の終わりです。


アルバカーキから列車で二時間ですから、夕方までに帰ろうと思うと3時30頃には観光を終ってないといけないんですね。


ということで1日目の主要な観光地は見てまわったので、そのまま駅まで歩いて戻りました。



風邪という問題がなければ、もう数時間くらいいても良かったと思いますが、何ぶん身体が資本なので、こういう場合はサッサと引き上げるのが懸命です。



↑光りが美しかった枯れ葉の木

サンタフェに関しては前もって何かを調べていたわけではなく、どこか絶対に行っておきたい場所があるかと言われたら、ジョージア・オキーフの作品を集めた美術館くらいなので、そんなに執着はなかったんです。


さらに1日目にもジョージア・オキーフ美術館に行くというアイデアも寒さのためにぶっ飛んでしまい、帰るまで気になりませんでした。



↑こういう風景も奇麗だと思いました。

とにかく神様ハンズは風邪で人間ではない状態なので、明日は家でゆっくりしていただき、自分一人で再びサンタフェに来ようと思った訳です。



↑川岸で枯れていた草でも奇麗に見えました。

今回の目的はロズウェルとトリニティーに行くことだけだったので、その他のことは執着無かったんです。


これが事前に行きたい場所をリストアップしていて、スケジュールがガチガチだったら残念な結果に終っていたでしょう。


せっかく来たし、次は一体いつ来れるのか分からないから、存分に満喫しようと考えるのが普通なのかも知れませんけど、私の場合はそういう感覚がそんなに無いのでスルーしちゃうんです。


また次に機会に来てゆっくり堪能すれば良いや・・・・的なノリなんです。



過去に行ったことの無い場所というのは、勝手が分からないというのもありますが、大抵の場合は一回行ったくらいでは深いところで繋がれない場合が多いので、二回目、三回目を鼻から考えていた方が焦らなくて良いという利点もあります。

パワスポ旅行なんかの際に、次はいつ来れるか分からないから・・・と考える方は多いと思います。


ハワイに遊びに来る人たちでも同じですね。


「次はいつ来れるか分からないから・・・」


この思考の働きが、次の訪問の可能性を薄くしてしまうんです。


ですから何処かとても気に入った場所を見つけたら「またスグ来るからね!」と行ってその土地から離れた方が、スンナリ戻ってこれるんです。



↑こういう風景はかなり西部劇的な眺めですね。

サンタフェはアメリカの宝石と呼ばれるくらい、その美しさが認められている街です。

個人的にサンタフェという街が今のわたしにとってどれだけ魅力的だったかと聞かれたら・・・異常に寒くて、奇麗でアーティな街でした・・・という感想になります。



この街に行くなら初夏か秋頃がベストでしょう。スキーとか、スノーボードが好きなら冬場でも大丈夫でしょう。


▶︎2日目へ続く

☆「覚醒」には様々な段階・ステップがある

☆覚醒に近づくための第一歩は考え方

☆覚醒を通じて変わるのは脳のマッピングとワイヤリング

☆「考える」と「覚える」は違うこと

☆考え方と脳ストレス

☆覚醒エクササイズの基本

☆脳支配ってなんですか?

☆脳習性を組み替え新習性を育てる


☆「覚醒」には様々な段階・ステップがある・2017/01/28


2016年10月末から始まった新次元のアセンションシンドロームはまだまだ継続中ですが、その中でもっとも驚異的だったのは、自分の中身が巨大に変わってしまった部分です。


以前の記事でも書きましたが、わたしはビヘイヴィアーアクティベーション:行動療法とコグニティブ・アクティベーション:認識活性化療法というのに挑戦しています。


それはミドルエイジ・クライシス=ニューロ・ジェネシスのステージを乗り越えるため。


ニューロ・ジェネシスというのは、人間だれでも50歳に到達すると、脳の一部であるヒポキャンパス:海馬という部位が一度死んで新しく再生し始めるという生理学的なものです。

海馬(かいば: hippocampus)

大脳辺縁系の一部で特徴的な層構造を持ち、記憶や空間学習能力に関わる脳の器官のことで、脳の中で最も研究の進んでいる部位です。


長期にわたって心理的なストレスを間受け続けるとコルチゾールが分泌され、それによって海馬の神経細胞が破壊され萎縮します。


コルチゾール(Cortisol)とは、ヒドロコルチゾン (hydrocortisone) とも呼ばれ、副腎皮質ホルモンである糖質コルチコイドの一種。


生体にとって必須のホルモンで、炭水化物、脂肪、およびタンパク代謝を制御します。


糖質コルチコイドは3種あり、コルチゾールはその中で最も生体内での量が多く、糖質コルチコイド活性の約95%はこれによるもの。


コルチゾールはストレスによっても発散されます。


過剰なストレスによってコルチゾールが多量に分泌されると海馬を萎縮させることが、PTSD患者の脳のMRIなどで観察されています。


分泌されるコルチゾールの量によっては、血圧や血糖レベルが高くなり、免疫機能の低下や不妊をもたらします。


心的外傷後ストレス障害(PTSD)

うつ病患者には、記憶形態に深く関わる海馬の萎縮が確認され、それは生化学的後遺症のひとつとされています。


アルツハイマー病では最初の病変部位が海馬に起きることも知られています。


海馬に異変が起きると、記憶と認識の両方に強い影響が現れるわけです。


ニューロジェネシスの場合は、海馬そのものが再生する過程で萎縮し始めるので、うつ病的な症状が現れるわけです。


また脳内ホルモンの一つであるβエンドルフィンが分泌されたり、A10神経が活性化すると、海馬における長期記憶が増強すると解説されています。

簡単に書くと脳の一部である海馬のコンディション変化によって、アルツハイマーに顕著な記憶と認識の変化、そして鬱に顕著な感情の浮き沈みが現れやすくなるのです。


これらの医学的・生理学的な観点は「覚醒の行で覚醒できない理由」にも巨大に関係しています。


「覚醒」は脳の状態と機能が密接に関係しているので、この部分を度外視して「覚醒」は語れません。


この「覚醒」という言葉もカナリ曖昧性が高いものなので、人によって「覚醒」に対する理解や見解が違うと思います。


アメリカでは「アゥエイクニング:目覚め」という言葉が頻繁に使われますが、この言葉も「覚醒」と同じように曖昧さがつきまといます。


どこからどこまでを指して「覚醒」または「目覚め」と呼ぶのか?


これは経験した人だと、その体験を通じてなんとなく定義できます。


しかし経験したことがない人たちは想像の域を出ないので、皆目見当もつかない世界観に映るでしょう。


「覚醒」には様々な段階・ステップがあります。


個人的には数え切れない程のスピリチュアルな体験、そして覚醒の体験もしていますが、次から次に新次元の覚醒体験が起き続けると、いったいこの先にどんな「覚醒体験」が待っているのか? と考えてしまいます。


では覚醒の初期段階から書いてみましょう。


「覚醒」の基本的な部分で大きな位置を占めるのが「認識」の領域です。


この「認識」という言葉もカナリ曖昧ですが、認識には様々な幅と奥行きがあります。


例えばサイキッックまたは霊的な能力ですが、これも認識と切り離せないものです。


サイキックや霊能者は、一般の人々とは少し違った「認識」の機能が働いています。


物事を捉える際に、一般的な人たちとは違った認識機能が働いているわけです。


サイキックな認識機能にも様々な種類があり、クレアヴィヤンスや、クレアコグニザンス、クレアセンチエンスなどと、感覚機能の発達とその状態によって趣が違います。


サイキックな感覚が成長している人たちと、そうでない人たちを比べた時に、肉体の構造的にはホボ変わりません。


違いを生んでいるのは「認識する時の演算の行われ方と、認識の機能状態」です。


基本的には誰でも同じOS機能がインストールされていますが、どれだけアップグレードされているかによって機能性に違いが生まれてしまうようなものです。


これらのファクターと関連して大きな違いを生んでいるのが、肉体そのものの状態です。


覚醒に関しては、肉体的+エネルギー的なコンディションが大きな位置を占めるようです。


肉体的な状態が理想的であればあるほど、その可能性は高くなるでしょう。


それに付随してエネルギー的な状態と、その質の状態によっても大差が生まれると思います。


肉体的な状態に至っては、肉体そのものがどれだけダメージを受けているか、どれだけストレスを抱えているか、どんな器官や部位に損傷や病状があるかによっても個体差が現れるでしょう。


まずは自分の体を可能な限り理想的な状態に引き上げましょう。


・骨格と筋肉の癖を修正する。これはヨガが最も妥当だと思います。筋肉を柔らかく・伸ばして気の巡りの循環をよくしましょう。

・姿勢を正しく維持する


・理想的な食生活で生きる


・気の流れ・経絡の状態を引き上げる。

まずはここいら辺から始めるのがよいと思います。

トドのつまり日常生活の中からシッカリと理想的な状態に変えていくということ。


次は考え方です。


次は「考え方」と「思考回路」について書いてみます。



☆覚醒に近づくための第一歩は考え方・2017/02/10


覚醒に近づくための大きなターニングポイントになるのが「考え方」です。

考え方と書くと少しわかりにくいので具体的に書いてみます。

考え方というのは基本的に方程式です。

この方程式は一人ひとり個性的なもので、100人いれば100人の考え方があります。

同じ状況を100人の人が経験したら、それぞれの内面的な経験は全く同じ状況にありますが、全く同じ体験にはなりません。

100人それぞれが独自の体験をします。

では何が違いなのか?

状況に対する「認識のあり方」とそれに基づく「思考回路」です。

人それぞれ状況をどう認識するかは違います。

思考回路は認識法則の上を走っているので、認識の法則が変わると、思考の走り方=思考回路の法則も変化します。

覚醒に近づくための第一歩は、自分の認識の習性を客観的に観察することです。

自分の考え方の方向性や方程式を客観的に捉えるよう意識してみてください。

自分が状況・自分以外の人・自分そのものをどういう風に認識しているのかチェックしてみましょう。

これは反省しろということではなく、単純に自分が物事をどのような習慣的な視点・または考え方で捉えているのか客観的に眺めてくださいということです。

自分の視点がどういうものなのかを知ってみてください。

ここが覚醒に近づくための巨大なポイントの一つです。

なんで重要なのか?

覚醒体験にも様々な種類やステージがあります。

では目覚める体験を通じて変わるのは何だと思いますか?

最も巨大なインパクトが起きるのは「世界観」「価値観」「信条」などです。

では目覚めの体験を通じた「世界観」「価値観」「信条」などが大きく変わってしまうのは、どこを基盤または基本にしているのでしょう?

目覚めの体験を通じて変わるのは「認識」です。

世界を捉える際に働く認識の法則が大きく変わってしまいます。

単純に書いてしまうと、前は苦手だった何かが平気になる、好きになれるという具合です。

昔とは違った認識の方程式で世界を体験するようになるので、世界観は巨大に変わります。

しかし世界そのもは変わっていません。

変わったのは私の中身、私の中の世界観・価値観・認識のあり方・現実の濃さ・理解の深さが変わっただけです。



☆覚醒を通じて変わるのは脳のマッピングとワイヤリング

では、どうすれば自分の中の認識の方程式を覚醒にマッチした波動域+周波域へシフトさせられるのか?

簡単に書いてしまいます。

頭の中を整理整頓し、最も理想的であると考えられる構造に再教育・再構築してください。

覚醒を通じて変わるのは脳のマッピングとワイヤリングです。

「認識そのものと、そに基づいている思考回路とその構図・思考の道筋」が変わります。

端的に書いて「覚醒」というのは「脳の状態」「脳の構造」「脳の機能」=「脳の仕組み」に大きく関係します。

では「脳の仕組み」だけが覚醒に関係するのかといえば、その他にも数多くのファクターが肉体構造的な部分・肉体生理学と絡んでいます。

この部分は段階的に書き進めてみたいと思います。


スピリチュアルな世界観に興味がある人たちの多くは、その神秘性に対して大きな重みを置いているようにみえます。

その代表的なものが「神秘体験」「スピリチュアル体験」です。

その中に「覚醒体験」というのも含まれています。

これらの「神秘体験」「スピリチュアル体験」「覚醒体験」というものが、一体どういうものなのかを考えてみましょう。

多くの人たちはこれらの「神秘体験」「スピリチュアル体験」「覚醒体験」というものを「人智を超えている・人間的な体験を超越している」と捉えているように見えます。

昔のわたしはそういう風に捉えていました。

体験したけど訳が分からない・・・困

端的に書くと「自分の理解の範囲を超えているけれど、なぜかいろんな人の生活の中で起きている」

ここが「神秘的・スピリチュアル」と直結してしまうようです。

中にはそれらを「神がかりな体験」と定義してしまう人も多々います。

世の中の大多数は「神秘体験」「スピリチュアル体験」「覚醒体験」という世界をトテモ曖昧にしか理解していません。

その巨大な理由は「理解できないから」「科学的・医学的・論理的に説明できないから」

では実際にはどうなのでしょう?

私は個人的に神秘体験やスピリチュアル体験に関しては人生の半分はそれらのオンパレードなので、例を書き出したら止まらないくらいです。

しかし世の中の大多数の人たちはそうではないので、私の世界観を理解するのは難しいと思います。

その理由は自分に同じような経験が起きてないから。

私は今まで、どうして自分の感性やそれに基づいている経験がその他の人たちと巨大に違うのか考え続けてきました。

肉体の構造としては基本的には同じであるにも関わらす、この違いは一体なんなんですか?

生理学的にはホボ同じ構造なのに、どうして違っているのか?

何が違いを生んでいるのか?

私とその他に人たちとの違いは「認識」の違いだけです。

感覚機能が違うのでは? と考える人もいると思います。

では私の感覚機能とその他の人たちの感覚機能がどれだけ違うのか?

生理学的には同じです。

わたしやその他のサイキックや霊能者たちは感覚機能の働き方が違うわけですが、では何がその違いを生んでいるのか?

感覚機能の繊細さに関しては、私の場合はコンシャス・スフィアの全体、コーザル体、エーテル体からメンタル体・感情体・それに呼応している中枢神経やら神経伝達物質のフォーミュラなどが数え切れないほどアップデートされているので、この部分には巨大な違いがあると思います。

サイキックや霊能者・メディアムの方々は、多角的に何かが開発されている、または、スイッチがオンになっています。

こういう風に書くと差が大きいように思えるかもしれませんネ・・・。

まか〜ウラさんやサイキック・霊能者の人たちと自分は巨大に違うのね・・・困

まず上記のような認識の法則を変えてください。

なぜなら能力者たちは単なる参照ポイント、参考だからです。

そして世の中には参考または参照できる方々が数え切れないほどいらっしゃいます。

それらの人たちと自分に違いを見過ぎない・違うと認識せず、基本的には同じ構造だから、自分も同じ段階へ進めると覚えなおしましょう。

自分の中に可能性を見出さないか、自分の中に可能性を見出してそれを追求して進み続けるかの違いです。

「神秘体験」「スピリチュアル体験」「覚醒体験」というものは、基本的に認識の違いの上に起きているものです。

私の場合は、普通の人たちとは違った認識の方程式が働いています。

認識というのは、何をどう覚えたか・どういう風に考え続けたかによって認識の法則=思考回路が組み変わります。

例えば一般的に体の外には何も存在しないと認識し考えていると思いますが、私の場合は体の外には何かが存在していると認識し、考え、それを確認します。

これが違いです。

人間という存在は、肉体的な領域だけではなく、その他の領域にも同時に存在しているというのが私の認識です。

単純に書くと「目で見えない世界は存在しない」と覚えている・信じているか、目で見えなくても何かが存在している」と覚え・それが普遍的な考え方になっているかの違いのようなものです。

神秘体験や覚醒体験を経験している人たちと、そうでない人たちの違いのダイナミクスは認識の違いの他にも、目に見えない世界からの干渉も含まれます。


しかしこの部分は考えすぎない方がよいと思います。

なぜなら、認識のあり方が変わると、目に見えない世界からの働きかけが変わるからです。

自分が変われば体験する世界観が変わるからです。

最も重要なのは、自分で自分自身を変化させられる、トランスフォーメーションさせることが可能だということを知ることです。

自分で自分自身をデザインできると覚えましょう。

自分自身を理想的な姿にデザインし直す、作り直すというアイデアが重要なのです。

今の自分にあぐらをかいて鎮座せず、自分を万華鏡的に磨き上げ続ける、意識を上昇させつづける、意識を開き続けましょう。

「到達できない」ではなく「到達できる」または「到達したい」と認識し直す、覚えなおしましょう。

アセンションに関しても「アセンション? わからないわ、できたらいいけど・・・」という具合ではなく「アセンションしたい」または「アセンションできる」と覚えましょう。


☆「考える」と「覚える」は違うこと


「考える」と「覚える」は似ていますが違います。

「考え」は、無意識的であれ意識的であれ「覚えたこと」を基盤にしたものです。

子供の頃に九九を丸暗記しなければ暗算できないのと同じこと。

算盤の使い方を覚えなければソロバンを使って計算できないのと同じ。

物事を自分の中にどうインプットし続けるか・覚えさせるかによって、それを基盤にした考えが生まれます。

どうせインプットするのであれば、理想的なものをインプットする・覚えるのがよいわけです。

自分に「嫌い」や「怖い」または「違い」をインプットし続けるか、「好きになれる」「好きになりたい」「安心」「みんな同じ」をインプットし続け、それを覚えこむかで方向性は変わります。

自分に何を学ばせるか、自分に何を新しく覚えさせるか、その際にどのような世界観や価値観、視点が最も理想的なのかを思索し、参照できる・参考にできる何かを探し始めましょう。

いまの自分の中にないものをインプットする時に大切なのは、インプットする情報が理想的なものか、明快なものか? 明確なものか? 自分を成長させることに結びつくものか? 自分を今より拡大できるものか? などを吟味しましょう。

自分を小さくする、自分を重くする、世界を狭くする類のものではなく、自分を大きくし、自分を軽くて微細な振動へ引き上げ、世界を広げる類のものを意識し、それを覚えましょう。

「覚えたことを基盤にして考えが走る・思考回路が働く」ことを覚えてください。

「覚えたこと・記憶・インプットを基盤にして考えが走る・思考回路が働く」というのは大脳生理学的なリサーチで明確になっています。


☆思考回路は脳内を走る思考エネルギーの道筋のこと


思考回路というのは脳内を走る思考エネルギーの道筋のことです。

また思考回路は同じ道筋を走り続ける・同じ考え方の法則が利用されればされるほど強化されていきます。

この部分は「意識の覚醒」に関して最も重要な部分なので、シッカリ勉強した方がよいです。

覚醒に魅かれるのは、今の自分よりも、より目覚めている、より拡大している、より深い認識と理解の世界へ進みたいということです。

今の自分が終着点ではなく、違った姿の自分に変化したいという動機があるということです。

単純に書くと「変化したい」という欲求を明確に認識しているわけです。

さもなければ「覚醒したい」などとは思わないでしょう?

「変化したい」という欲求が存在しなければ「意識を目覚めさせたい」「覚醒したい」「自分の中のET意識を目覚めさせたい」とは考えないでしょう?

では、どうすれば自分を変化させることができるのか?

・自分で自分自身を再教育する


・再構築する


・リデザインする


・リインヴェント:再開発する作業へ進みましょう。

自分が求めている自分になれるように、新しい何かを学ぶ・覚える・練習する・トレーニングし続けましょう。

この段階で大切なのは、ちゃんと多角的にリサーチすること。

今の思考回路は今までの認識の法則の上で走っているので、そこからひっくり返すのが最も近道です。

なぜ自分自身の認識の法則と思考回路の習性を理解することが覚醒に向けて重要なのか?

思考回路の発達具合によっては思考プロセスそのもので膨大なエネルギーが無駄に消費されるます。

思考回路が迷走する傾向が強ければ強いほど、脳そのものがストレスな状態になります。

脳が気持ち良く幸せな状態にあればあるほど、性格から感情そして考え方も幸せで気持ちfが良く、前向きで、そして革新的・創造的・直感的になります。

その反対で脳が不幸せな状態にあると、考え方や感情は浮き沈みが激しくなったり、イライラや憤りが頻繁だったり、感情的にも落ちやすくなり、上がったり下がったりする傾向が強くなります。

脳が不幸せというのは、基本的に脳そのもがストレスを抱えている状態です。

自分の認識の法則・思考回路の習性・癖がネガティブ傾向であればあるほど脳はストレスを生じさせます。

脳がストレス=鬱な状態にあればあるほど意識の覚醒は挑戦的になります。


では脳がストレスになる状態は、認識の法則と思考回路の習性の他に、どういう項目が含まれているのでしょう?

それには栄養的な項目から、酸素の伝達具合、首筋・肩・頭蓋に関係する筋肉的なコンディション、そして脳内を満たしている髄液の動き、そして免疫機能の具合などがあげられます。

近年ようやく脳の中にリンパ腺が存在することが明らかになりました。

客観的に考えると、リンパ腺は身体中に張り巡っているので、脳の中にあっても当然なわですが、なかなか発見されませんでした。

リンパ腺が腫れている状態の時は体が何かと戦っている状態です。

そして脳の中も全く同じように、クリーンであればあるほど幸せな状態を保てます。

脳の中が鬱積した状態にあると、頭の中から体が鬱積したような感じになり、幸せな状態から程遠くなります。

脳のコンデションいかんによって人間の感情やメンタルな趣き、記憶、認識のしかたなどが大きな影響を受けます。

ここまでが基本です。


☆考え方と脳ストレス


次の要点は脳の状態に加えて、私たちのメンタルな領域・考え方がいかに脳にストレスを与えているかという内容です。

考え方が脳にストレスを与えるんですか?

ハイ☆

大脳生理学的に考え方は脳にストレスを与えます

ポジティブな考え方とネガティブな考え方、どちらも脳に何かしらの影響を与えています。

最も理想的なのは中庸な考え方です。

ここに関係するのが「判断・ジャッジメント」です。

判断というのを深く考えてみましょう。

判断する時に使われるのがメンタルなエネルギーです。

例えば目の前にリンゴがあるとします。

Aさんは「リンゴは美味しいわね」と考えました。

Bさんは「リンゴは好きじゃない」と考えました。

Cさんは「これはリンゴ」と考えました。

この三つの反応の中で最も中庸なのはCさんです。

なぜなら目の前にあるのはリンゴだから。

Aさんの「美味しい」とBさんの「好きじゃない」はどちらともリンゴに対する個人的な判断、リンゴ+アルファーな方程式です。

AさんとBさんは、単に目の前にリンゴがあることを基にして、その先に自分の気持ちを付け加えています。

これは最もシンプルな例ですが、私たちのメンタリティーは一つのものに対して様々な色付け、または情報を追加する傾向が強くあります。

では次に「考え方」について書いてみます。

考え方は人によって違います。

Aさん「リンゴは美味しいわね」

Bさん「リンゴは好きじゃない」

Cさん「これはリンゴ」

上記は考え方のヴァリエーションで三人とも全く同じ考え方ではありません。

「考え方」というのは「方程式」です。

「考え方の方程式」は人によって違います。

Aさん方程式:リンゴ+美味しい

Bさん方程式:リンゴ+好きじゃない

Cさん方程式:リンゴ


考え方の方程式というのは連鎖的な思考の動きに関係します。

思考の進み方は考え方の方程式の上を走ります。

考え方の方程式で進んでいくのが思考の道筋です。

大脳生理学的なリサーチでは「思考には道筋がある」という研究結果がでています。

この「思考の道筋」は人によって違います。

簡単に基本的に3つの思考の道筋があるとします。

①ポジティブな思考の道筋

②ネガティブな思考の道筋

③中庸な思考の道筋

上記の3つの中で最もシンプルなのが③中庸な思考です。

③中庸な思考(リンゴだけ)に比べると、①ポジティブな思考の道筋(美味しい) & ②ネガティブな思考(好きじゃない)の道筋は判断が追加されています。

中庸な思考にバイアスが付加されています。

思考の道筋がシンプルであればあるほど、脳のバイアスが軽く、思考の道筋が複雑で迷走すればするほど脳にバイアスが加わり続けます。

意識の覚醒に対しても同じ法則が当てはまります。

覚えた情報・学んだこと・読んだ内容などが、自分の認識の法則と思考回路の習性の中でどのように処理されるかによって、行き着く先が変わります。

自分の認識の法則と思考回路の習性そのものが「意識の覚醒」に関するアイデア・価値観・視野・考え方などをスムーズに処理できなければ、衝突やオーヴァーロードが起きやすくなり、「意識の覚醒」へたどり着くのは遠くなります。

認識の法則と思考回路の習性=「思い込み:潜在意識・深層意識・コアビリーヴ」が「意識の覚醒」への道のりを阻止しているということです。

ここが理解できると覚醒への道のりは縮ります☆

なんで近くなるのか?

思考エネルギーが迷走的にループせず、無駄なエネルギー消費が減るからです。

考えすぎると頭が痛くなります。

思考回路の道筋がシンプル化されると、脳そのもののエネルギー使用率が高まるのです。


なんども書きますが、思考回路の道筋は、認識の法則に基づいています。

認識の法則は、なにをどう覚えたかによって変わります。

認識の法則と思考回路の習性=「思い込み:潜在意識・深層意識・コアビリーヴ」を変えるにはどうればよいのでしょう?

認識の法則と思考回路の習性を、新しく作り直すのです。

ではどうすれば新しい認識の法則と思考回路の習性を育てることができるのか?

・記憶させ直す


・覚え直す


・再インプットする


これらを実践し始めましょう。

この部分はスピリチュアル云々の世界ではなく、脳の構造と機能・習性です。


☆覚醒エクササイズの基本・2017/02/14


世の中には様々なスピリチュアル覚醒を目指すためのエクササイズが多々あります。

最も知られているのがクンダリーニ・ヨガ

その他にも修験・禅・瞑想・業・気功・太極拳など世界各地にいろんな方向性のエクササイズがあります。

基本的な共通点は以下のようなものです。

・体を開く

・エネルギー代謝を高める

・エネルギーというものを知る

・エネルギーの特性を理解して使いこなせるようになる

・波動の密度を上昇させる

・波動の周波数を高める

・集中力を向上させる

・持続力を向上させる

・マインドの力を向上させる

・自分のマインドをトレーニングする

これらのエクササイズはグループに属さなくても誰でもどこでも可能な類のものです。

何かしらのグループに属して集団でエクササイズを一緒に行うのは、一人だと彷徨いやすいからだと思います。

・どこから始めればよいのか知りたい

・どこを目指せばよいのか知りたい

・どういう段階を追って行けば良いのか知りたい

・経験者たちから学びたい

・どういう風に変化するのか知りたい

何かわからずに一人で何かを始めようとする場合、自分が挑戦しているもを知らないことがハードルを高くします。

なので一般的にはスクールに入る選択をします。

スクールに入ってしまえば、その中のカリキュラムによってお勉強や訓練が進んでいくので、試行錯誤するよりトテモ楽に進んでいく感じがします。

お菓子造りのプロになりたい場合、その専門学校へ入って学ぶ、または、有名な職人の元に修行に入るという選択肢になるでしょう。

では覚醒を目指す学校に入ったら覚醒できるのか?

これは挑戦してみなければわかりませんネ。

第一にそんな学校があるものなのか?

スピ系学校にもミステリースクールから各種ヒーリングスクール、能力開発、瞑想マスタリーなどと様々な種類がありますが、「覚醒を目指す」スクールはあっても「覚醒できる」学校は聞いたことありません。

ここに行って学べば絶対に覚醒できますという学校は存在しないのかもしれません。

最も近い道のりは、覚醒体験者の方々にいろいろと聞くことかもしれません。

彼らがいったいどういうエクササイズをしたのか?

どういう部分がポイントなのか?

食事から肉体的なエクササイズ、瞑想法、読んだ本、精神的なエクササイズ、旅行した場所、師事してきた先生やマスターなど。

どこから始めるかはそれぞれの方向性によって違うでしょう。

基本的にはどこから始めても大差ないと思います。

違いが生まれるのは以下の項目


・どこまで精進できるか?

・どこまでスムーズに先に進めるか?

スムーズに先に進むためには復習・予習なども必須項目です。

ただ成り行き任せに進んでも、それなりに進むと思いますが、どうせ進むなら彷徨わず、最短距離で進むのが理想的。

また間違いを犯すのを恐れずに、失敗は成功の元と思って、なんでも挑戦してみること。

挑戦して超えられない場合は、そこに何かしらの原因があるわけですから、それを探ること。

体験そのものが叡智につながるので、進んで自分を新しい体験、新しい考え方、理想的なアイデアなどに触れさせ、それを覚えていくことでしょう。

これらを書いていて思ったのは、今までの教えの延長線上的に書き進めても、さほど大差は生まれないと思うので、もっと斬新な方向性で改めて挑戦してみます。


☆脳支配ってなんですか?2017/11/14


今回はどういう風にして覚醒が起きるかを書いてみます。

覚醒体験にも様々な趣きと段階がありますが、今回は昨年のライトボディー第9段階の経験を元にして書いてみます。

基本的に「覚醒」体験というのは、トテモ肉体的なものです。

簡単に書いて、人間の肉体が「覚醒体験」を作り出します。

頭の中だけで起きるものでも、感情レベルだけで起きるものでも、スピリチュアルレベルだけで起きるものでもありません。

肉体+エーテル体+各種波動体:ライトボディーと連動した「全体」を通じた体験です。

全ての領域で起きるとしか書きようがありません。

経験してない方は想像しにくいと思いますが、まさしく生理学的な領域のものです。


ライトボディー第9段階のゴールは「認識機能全体のリセット」です。

私たちの認識機能は脳の思考回路だけではありません。

私たちは全体性を通じて様々な認識を行っています。

その核になっているのが脳です。

脳は肉体から感情、そして思考までも多角的にコントロールしています。

ハッキリ書いて脳がその人をコントロールしていると書いても過言ではありません。

これを脳支配と呼ぶことにします。

脳がその人の人格・性格・習性・考え方・感情・性癖・習癖なども支配しています。

自分が自分自身の脳に支配されているなんて信じ難いと思う人がほとんどでしょう(笑)

でも実際にそうなのです。

簡単な例で書いてみます。

何かを勉強するときに、物事を覚えなければいけないので一生懸命に勉強するのですが、なかなか頭の中に入ってこない・・・。

覚えたくても憶えられない・・・。

頭の中で理論的にわかっていても、実際に行動できない。

今の自分を変えたいと努力し続けても、なかなか自分の頭の中のゴールに近づけない。

考え方を変えようと努力しても、思い通りに変わらない・・・。

上記のようなことは全て脳の構造と機能に関係し、主にその人の「認識回路+思考回路」に関係するものです。

これが脳支配の基本です。

人間の思考回路は人それぞれ独自の複雑さを持っています。

ハード=脳は同じですが、走っているソフトウェア=認識+思考回路のプログラム内容が多岐に渡って違うということです。

ある人はとてもポジティブ

ある人はいつもネガティブ

ある人はイライラするのが常で、ある人はいつも悲しい

ある人は常に悲観的

ある人は軽はずみな行動をする傾向がある

ある人は超人的に頭がスマート

ある人はとても冷酷

ある人は思いやりが深い

これらの人間性のヴァリエーションが生まれているのはどうしてでしょう?

肉体的には基本的には同じ構造です。

違っているのは人間の中身。

では何が違いを生んでいるのでしょうか?

人それぞれで考え方や行動・言動・知性・理性などが違うわけですが、どうして違いが生まれるのでしょう?

これに関連するのが「認識機能:コグニティブ・ファンクション」です。

現在の大脳生理学の観点では、顕在意識でコントロールできるのは全体の約5パーセント。

残りの95パーセントは潜在意識下の領域で行われると説いています。

顕在意識に関係するのが前脳=約5%

残りは潜在意識=脳支配の領域=約95%

変わりたくても変わりにくいのはそのためです。

顕在意識が自分を変えたいと思っても、95%を支配している潜在意識の領域が変わることを許さないわけです。

ではどうすれば5%ほどの支配力しかない顕在意識で95%近くの潜在意識の領域を変えることができるのでしょう?

これは人間の全体的な構造を深く知るのが早道です。

脳は基本的に記憶+習性で構築されているようなものです。

コアビリーヴも全く同じで記憶+習性で構築されています。

コアビリーヴというのは、あなたが覚えたというよりは、脳が覚えたということです。

子供の頃に脳にインプットされ続けた情報=記憶+思考+感情の結果がコアビリーヴの基礎土台になります。

その上に様々な経験を通じての情報=記憶+思考+感情が上乗せインプットされ続けます。

脳が覚えた=記憶した=記録した情報=記憶+思考+感情が理想的でなかったらどういう回路を作るでしょうか?

ここを理解するのが味噌です☆


☆脳習性を組み替え新習性を育てる


脳は習性の塊りですから、自分の「習性」を客観的に捉えることができるようになることを目指しましょう。

・自分自身の行動の様式+パターン

・考え方

・感じ方

・反応の仕方

・判断の癖

・感じ方の癖

・自分の中の制限

・肉体的な不具合など・・・☆

可能な限り客観的に洞察するように心がけましょう。

特に考え方の癖を把握できるようになりましょう。

自分自身に対する客観性+達観性を育てましょう。

自分で自分の習性=方向性がわかるようになると、自分を変化させる際の大きな目安になります。

自分で自分の習性や言動の癖、思考パターンや感情のパターンなどを察知しにくい方は、家族や友人・知人に聞いてみましょう。

他人の目からみるとどういう風に映るのか?

他人に聞く場合は、その人がどう判断するかではなく、客観的な視点で答えてもらいましょう。

例;

あなたは◯◯な状況で◯◯な言動をする

あなたは◯◯な事柄に対して◯◯な見解をする

あなたは◯◯な人たちに対して◯◯な判断をする

自分の言動パターンを他人からの視点で教えてもらいましょう。

複雑な思考回路はエネルギーを大量消費します。

頭の良い人に鬱が多いのはそのためです。

複雑な思考回路は脳そのものにストレスを与えるからです。

複雑で迷路のような思考回路ではなく、シンプルで美しい思考回路の育成に進路変更しましょう。

・何事も判断しない意識を育て習慣にする

・深く難解に考える習慣を止める

・メンタルに執着する癖を手放す

・ストレスマネージメントを学び、習慣にする

・直感を育て習慣にする

・体の感覚を育て習慣にする

・ポジティブ思考を記憶し習慣にする

これらを毎日の生活の中で実践していくだけで脳習慣は地道に育ち、組変わっていきます。

ストレスを生み出す思考回路をリプログラムして、幸せを生み出す思考回路に変更し続けると多角的に幸せな現実を作り出せるように変わっていきます。


ここが覚醒への道のりの中で最も重要なポイントなのです。

© 2015 by Hiroshi Makaula Nakae

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