エジプト紀行①ギザの宇宙人遭遇

Updated: May 8, 2018


天空神ホルスの錬金術・黄金ファラオの秘宝 第一章 エジプトへの旅


ギザの宇宙人遭遇


今日は久しぶりにエジプトのことを書いてみます。


現在Blogで古代エジプトに関する内容が進んでいますが、私は然程にエジプトな人ではありません。昔からエジプトについて執着するほどの興味があったわけはないのです。子供の頃からエジプトのピラミッドを観に行ってみたいとは願っていましたが、それくらいです。


エジプト=ピラミッド=世界の七不思議の一つという程度の世界観でした。比較的に誰でも一度は思ったことがある、考えたり、思いを馳せたりしたことがある感じの憧れです。人によっては神秘のピラミッドだけではなく、黄金のファラオ達や、ツタンカーメン少年王、クレオパトラ、シーザーなど歴史的な人物に興味があったりする人もいるかと思います。


今はツタンカーメン王を中心にしたファラオ達の世界観について興味があります。しかし、その当時は黄金の少年ファラオでさえ特別な興味を持っていたわけでなく、一度は本物の発掘品を見たいくらいの感じでした。ツタンカーメンよりも、ギザのピラミッド群に行って実際にピラミッドの周辺を歩いてみたい、その中に入ったらどんな感じがするのか体験してみたいという気持ちの方が強かったのです。


1991年にペルー旅行へ行ったことが切っ掛けで、そんな幼少の頃の夢は翌年の1992年の年明けに達成してしまいました。私はペルー旅行で知り合った沢山のお友達と一緒にエジプトの大地を踏んだのです。このツアーでギザのピラミッド、ナイル川のクルーズ、アスワン、ルクソークとカルナック、アブシンベル、サッカラのピラミッドなどの主な観光地に行きました。その時の正直な感想は、何だか良く理解できないけれど「エジプトという文明は、人間の理解を超えた何かが隠されている不思議なところだ・・・」という程度のものです。あまりにも想像の域を超えているというか、世界が違い過ぎる巨大なスケールというか、現実味が深く感じられないという不思議な感覚から始まりました。


なぜか自分が夢物語の中の世界に迷い込んだような、感覚が少し麻痺しているかのような違和感も伴っていました。アリスの不思議な国のような違和感に近いものがありました。自分がとても小さな小人になったかのような感覚です。総ての建造物は見慣れた日本の町並みや建物とは比較にならないほど巨大で、通りや建物の中の空間も大き過ぎると感じる程に広く、そして天井が高いのです。古代の建造物だけでなく、近代に近い建物でさえ、それぞれの回廊や階の天井の高さは比べものにならない程の高さなのです。ペルーの建物でさえ空間のゆとりや天井の高さに驚きましたが、それ以上遥かに頭上に空間があるのですから、自分の大きさを小さく感じるのです。


そんな生活している場所や空間を通じた現実的な部分での違いは大きなものでした。それだけではなく、エジプト滞在期間中で経験した神秘体験というのは、ペルーで感じたものとは大きく方向性が違い、その起きかたも違っていました。


私の場合は前年の 1991年のペルーツアーでの体験があまりにも強烈で、エジプトとペルーを比べ過ぎていたのだと思います。ペルーと同じように思考が働かなくなる程の凄い経験や、UFO目撃などが待ち構えているのかも知れないなどという変な期待もありました。とにかくペルー旅行では最初から最後まで連続して色んな神秘体験をしてしまったので、比べるなと言うほうが無理な話しだったのでしょう。


いざエジプトに到着して思ったのは、マチュピチュや聖なる谷とは、完全に違った「砂と砂漠の世界」だということです。ペルーも日本の風景とは違っている異国だと思いましたが、エジプトはさらに超えた砂の異国でした。


この砂の王国というイメージは、最初から最後まで私の中の感覚を混乱させ続けました。目の前にあるエジプトという風景は、砂と砂漠の世界なわけですが、自分の中でその光景に違和感を感じていたのです。その感覚は日本の環境とは違っているという類いのものではなく〈これは昔のエジプトではない・・・〉という別次元の違和感でした。実際に目にしている風景と、感覚を通じて覚えているように思える細胞レベルでの記憶が重ならない、フィットしない、腑に落ちないのです。何となく懐かしいような感じも受ける場所でさえ、その波動が自分の中から浮き上がって来るものと違い過ぎるために、異世界のように感じてしまうのです。


その違和感はどこに行ってもつきまとっていました。現在の砂と砂漠に囲まれている世界は、単に異質な環境というものを大きく飛び越して、「昔はこんな風景ではなかったはずなのに」という思いを味わい続けました。


ではエジプト滞在の中で神秘体験を全く経験しなかったのか? と聴かれれば、それなりに起きました。ペルーに一緒に行った女性は、そこここで泣き崩れていました。そんな深い魂レベルでの経験が自分には起きなかったわけです。感覚的には微細な繋がりというか、認識が起きているのは解っていましたが、違い過ぎて完全な異世界、旅行的に通り過ぎている感じです。その内容というか、経験そのものがペルー旅行の時ほど強烈ではなかった、自分という存在の奥底を深く揺さぶり返されるほど個人的なレベルまで繋がった感じではありませんでした。


エジプトでの神秘体験は、ペルーでの出来事とは違ったスケール、方向性のものだったと思います。降り立った空港から出て荷物を引き上げた時にも、感覚が広がっていくのは感じました。しかしペルーの時と同じような引き寄せられるような強烈さや、良く解らないけど心の中の何かが揺れ始めている、自分の知らない奥底での感情が沸き上がり始めているというものではありませんでした。何か理由は解らないけれど、感覚的にはマッチングが行われている。しかも地上レベルではなく、頭上というか、空中の中をまさぐるように何かを探しているような感じだったと思います。


それから初日に宿泊するホテルへ到着し、その日にホテル内のボールルームでオリエンテーションが行われました。ツアーリーダーの紹介と、参加者たちの自己紹介です。このツアーの参加者はペルー旅行の時よりも人数が多く、参加者だけで50名を超えていました。50人もの人々が一人ずつ交代で手短かに自己紹介をするという具合で進んでいったのですが、この時に予想もしていなかったエジプトで最初の神秘体験が現れたのです。


突然に自分の周囲の波動が急激に変わって、リアリティーが如実に変化したのが解りました。眼を開けて見ている風景は同じですが、現実感が違うのです。何かがもっと集約されている感じで、いつもよりも見るものが立体的に見え始めました。そこで一人ずつ前に出て簡単な自己紹介が始まったのです。目の前の風景、ツアーリーダーと通訳が全員の前に置かれたテーブル越しに座っている光景も、ボールルーム内の景観も含めて、総ての色彩の彩度が少し上がった感じ、急に鮮やかさを増した感じがしました。そんなことに気づくと、その時まえに立って自己紹介をしている女性の話しに意識を戻すと、そこから不思議体験が始まったのです。


その女性の顔が、まるで紙芝居を見ているかのように、次々と別の人の顔に変わるのです。

まるでスライドショーを見ているかのように、肩から上の姿が、実際には聴こえないのですが、パシャっ、 パシャっ、 パシャっと音を立てて切り替わるかのように違った顔になり続けました。ある顔の時は秒数というか、時間が長く、パシャン、パシャンと駆け足気味のように速く変わ続けることもありました。時間の流れが違っている感覚、実際には平均的な感覚として1秒から0.5秒またはそれよりも短い、瞬く間のように展開されるのですが、中には2〜3秒も同じ顔が見え続ける場合もありました。頭の中で視ているのではなく、実際に眼を開けて肉眼を通じて見ていました。


その方の顔は、ローマ人の男性になり、日本の奈良時代または平安時代の十二一重を着た貴族の女性のようにストレートの黒髪で、白塗りで眉毛はなく、唇も白く中央の部分だけに紅が入ってる顔になりました。その人の「過去生の顔」が見え始めたのです。


この神秘体験は全く新しいもので少し驚きました。しかし以前に本で読んでいたこともあったし、友人から実際の体験として聴いたこともあったので、興味深く驚きと共に観察してしまったのです。鏡を見ていると自分の顔が別人の昔の人の顔になったという話しを思い出しました。そんな他人の経験した話しを自分が目撃している、しかも鏡に写った自分の顔ではなく、 他人の顔をホログラム3Dで見ているというのは興味深かったです。これが立場が違って、自分が鏡に向かっていて、目の前で自分の顔がパカパカと古代の人の顔に変わり続けていたら、きっとビックリ仰天していたでしょう。


そんな新たな神秘体験に引き込まれて見ていたのですが、フト我に返って周囲の人に聴いてみようと思いました。そして視線を壇上に立っている人から動かして自分の隣の人や後ろの席に座っている人たちを見たのです。すると私の周囲に座っていたペルー旅行で一緒だった友人達はホボ全滅で寝ていたというか、意識が落ちていて首をかしげて寝ていました。誰にも確認できる状態でもなく、無理矢理に揺すって起こす気にもならなかったので、再び視線を壇上に戻そうとしました。その時に、そこでも全く予想していなかった、考えもしなかった、想像を飛び越えてものが見えてしまったのです。


参加者の席とツアーリーダーと通訳と添乗員さんは横長のテーブル越しに座っていました。

その彼らの前、テーブルと参加者の椅子が並んでいる位置の空間は2.5メートルくらい離れていて、そんなに狭く密着した配置ではありません。そして彼らのテーブルの前に、頭の大きな子供のような存在が立って壇上を見ていたのです。


私はホログラム的に投影された宇宙人が立っている姿を見てしまったのです。背の高さは子供くらいで、1.2メートルくらいでした。肩幅は子供サイズなのですが、それに比べると頭のサイズが大きいのです。髪の毛はなく、耳は人間よりも遥かに小さく、突起が少し盛り上がっているような感じでした。鼻も口も同じように小さいのです。よくテレビ番組で「グレイ・エイリアン」という灰色の肌、巨大な頭で 眼が大きく、鼻や口が小さい宇宙人のイメージが使われますが、それと全く同じでもありません。眼は大きく黒いのですが、つり上がったアーモンド型ではなく、もっと円形に近い形でした。人間の眼のサイズよりも大きく、白目の部分はなく、総てが黒い瞳でした。全体的な身体の比率は、異常に細身のグレイ型エイリアンよりも人間の比率に近く、やや頭の大きな子供と大差はありません。


私の場合、こういう神秘体験が起きる時は驚いて慌てふためくことはありません。なぜか自動的にいつも異常なほど冷静、そして客観的になってしまうのです。


この時の宇宙人と一般的なグレイ型エイリアンのイメージと最も違っていたのは、詰め襟の制服を着ていたことです。グレイの服の詰め襟で、襟の部分は紺色、詰め襟の縁は赤でした。


この宇宙人を見た時に私の頭の中に閃いたのは、エササニ星人「バシャール」のスケッチです。 この時に遭遇した宇宙人がエササニ星人なのか、彼らと同じようなゼータレティクル星系のヒューマノイド型の異星人なのかは解りません。私の中でエササニ星人のイメージに最も近いというしかありません。


自分がホログラム的に投射されている宇宙人の姿を見ていることはスグに解りました。

なぜなら、足が見えないのです。見えているのは膝上から頭頂まで。〈幽霊には足がない〉という見え方です。私が見ていたのは幽霊ではなく、宇宙人で、足先まで見えなかったのは、その位置に出現していたポータル的な窓を通じてコチラの世界を観察しているからだと思いました。観察しながら同時に複数の理解が起きてしまうのです。カナリ引き込まれるように見て観察していたのですが、その宇宙人は私が見ていることに気づてしまいました。私が観察していることを察知したのか、宇宙人は視線を壇上から移して私の方へ振り返ったのです。そして私は宇宙人と視線が合ってしまいました。そこで0.5秒くらいの沈黙な時間がありましたが、眼と目が合ってから瞬く前にホログラム投射は空間の中に薄れて消えてしまいました。


アッケにとられていてポカンとして眼をパチクリさせていたら、空間波動の密度も普通の状態に戻り始め、それから暫くして隣や後ろの友人達が眼を覚まし始めました。寝起きのような友人達に対して〈起こしてあげれば良かったカモ・・?〉と思いましたが、そんなことは後悔先に立たずで、「さっき宇宙人が来てて観察して帰って行ったヨ」と話しました。彼らはまるで浦島太郎のような状態で、心は半分ここにあらず的に私の言葉を聴いていたのを良く覚えています。 「あぁ、宇宙人みたんだ・・・。そうなんだ・・・、でもまだ頭がハッキリしてない、寝起き状態」的な感じだったので、アッサリと流されてしまったのです。


そして自己紹介を兼ねたオリエンテーションは終わり、ボールルームから出てエンジュ色の絨毯が敷かれた、少し緩やかな登り坂になっている廊下を歩きながら思ったことがあります。


「これって一体なんなのだろう・・・? でも現実味が無さ過ぎカモ・・・」


そんなことを考えながら、この予想していなかったホログラムでの宇宙人遭遇の経験を考えていて思いついたことがありました。この人たちは、意識を投影する、または空間と空間を波動的に接続してコチラ側を観察することが可能なテクノロジーを持っているということです。そして観察の対象となる人物の〈過去生の記録〉を波動として引き出し、3D的なホログラフ映像として見ることができるということでした。


2012年に宇宙人の映像が突然に部屋の中にホログラムで現れるという経験をした時は、このエジプトでの経験があったので、然程は驚きはしませんでした。波動としての光りは情報を抱えてることができることはスデに科学的に判明されています。光りそものが、情報を保存するディスクとしての役割を果たすのです。


2013年に入って間もなく、ベッドに横になって宇宙の医療チームのヒーリングを受けている時に同じようなことが起きました。自分の左足のくるぶしの少し上の空間に、見た事の無い白髪の白人の男性の顔がホロフラフ3Dでハッキリ浮かんでいるのを見ました。この時は、私の足のくるぶし近くに記録されていた、私の過去生の顔から何かの情報を読み取っていたのだと思いました。


これと似たようなヴァリエーションの神秘体験は、宇宙人遭遇だけではなく、その他の意識を飛ばせる生命体なら行うことは可能だと思います。例えばクジラやイルカとか、モオとかも同じように自分の意識を誰かのオーラや脳裏に接続して、映像または音声を通じてコミュニケーションを行うことが可能だということです。


エジプトでの初日に起きた宇宙人遭遇は、実物とリアルにご対面というものではありません。ホログラフ投射を目撃したついでに、アクシデントで視線が合ってしまったとう偶然の産物的なものです。その後にエジプト旅行中にUFO目撃が起きるだろうか? と想像しましたが、何となく、そこまでは起きないカモ? 的な感覚が戻って来たので、そんなに期待しないようにしたことは覚えています。単純に、エジプトというのは、きっと宇宙文明と深い関係があるというのは正解だとは思いました。それがエジプトの全域なのか、それともギザの一帯だけなのかは良く解りませんでした。ただ、宇宙人というのは古代から地球に飛来して来ていて、過去の人類の文明に関与していて、現在では古代とは違ったスタンスでの関わり方をしているのは良く解りました。実際に面と向かって対峙しなくても、彼らはコチラ側をモニターできるのです。


▶︎アスワンの記憶へ続く

© 2015 by Hiroshi Makaula Nakae

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